サマボル市の救急病院。(日本の医療レベルの高さを感じずにはいられません。)

先に運び込まれた藤野を、荷物をまとめていて見失った私に「こっちよ」と案内してくれる待合室の女性。小柄な職人のようなドクターがテキパキと診察してくれます。すぐに応急処置として点滴が始まりました。案内してくれた大会主催者と島津氏は一旦メイン会場へ戻り、1人待合室で点滴が終わるのを待ちます。
ボンヤリと天井の明かりを見ながら、この大会のへの参加が間違いだったのか、移動手段に問題があったのか考えているうちに、やりきれない気持ちになってきました。
そこへ先ほどのドクターが来てくれます。「あと20分で終わるよ。」彼は4時までに戻るという事情を理解してくれていました。(30分で点滴終了?大丈夫かな?!)
20分後、恐ろしく高速で入れられた点滴でしたが、藤野は手足の硬直が取れ、ベッドから降りて自分で立っています。
「出場する?」・・大きくうなずきます。
「もう大丈夫!治療費は入らない。大会がんばれよ!」ドクターがニコニコと送り出してくれました。何かが大きく動きだしています。午後4時まであと1時間、ぎりぎりです。

アルを連れてペンションで待機してくれていた日本チームのメンバーと合流、救急用具を持参してゲラルド氏も同乗してくれます。少しスピードを上げて捜索会場へ再び向かいます。嘔吐こそしませんが、座席に横になったまま、やはり苦しそうです。
4時少し前到着。島津氏が戻ってきたことを関係者に報告をするために走って行きました。チームメンバーの村瀬氏に肩を借りて、出場者待機場所に一歩一歩進みます。・・また手の硬直が始まりました。出場に感じる精神的な負担、本人が解決するしかありません。一度体をくじけさせたら歩けなくなる・・。チームメンバーと一緒に藤野の細く細くなった体を支えます。「・・出来る、・・出来る」藤野は必死に自分へ語りかけています。
副審のホフマン審査員がその様子を見て心配して寄ってきました「大丈夫か?出場できるか?」
そのあと、主審のヨス審査員もやって来ます。彼は藤野の状態を見て言いました。
「指導手の安全を確保することも審査員の責任だ。この状態では指導手が捜索現場を安全に歩くことが出来ない。出場は無理だ!」

ここまで来て・・・!!

そのとき、藤野は朦朧とした状態の中、日本語でヨス審査員に訴え出しました。
「やれる、やれる・・。」
体は衰弱していましたが、心は弱っていませんでした。
ヨス氏は困っています。
(なんとか藤野を、アルをあの捜索会場に立たせなければいけない。)
「犬が告知したあと指導手が瓦礫に入らず犬を呼び寄せる方法で審査をして欲しい。その分の点数は入らないから。」規定にはない方法、いちかばちかのつもりで交渉してみます。他の関係者の方々も集まってきます。
ヨス氏はもう一度藤野を見て・・うなずいてくれました。「・・・・わかった。」
彼は会場にいる観客に事情を説明します。会場から了承と応援の拍手が沸きました。

藤野はアルのリードを握りながら「探せ」と言葉をかけます。それまで藤野の様子や周りの雰囲気にのまれ少々不安気だったアルは、耳を立て鼻を動かし尻尾を上げ周りを見渡しはじめました。身体に力が入ってきます。
審査開始。
アルの身体に両手で掴まり支えにしてスタート地点に進みます。捜索現場を前に藤野は足はふらついていましたが「アルの指導手」になっていました。
男性スタッフの方が何も言わずいざというときのため藤野のそばにずっと付いてくれます。
アルは現場手前から人の臭気を感じたのでしょう。入れそうな足場を探し瓦礫の中へ入って行きます。早い段階から反応し始め明らかに人がいることが読み取れますが、咆哮には至らない。臭気が流れ逆方向に集まったいるのではないかと思われる場所にも鼻をヒクヒク使っています。(誤告知はしないで!)そしてすこし戻りかけて、反応した場所から数メートル離れたところで瓦礫の隙間に入り下へ潜り込んで行きました。
仮想被災者に到達したようです。大きな咆哮が始まりました。ヨス審査員が「OK!」の声を上げます。藤野はアルを呼びますが、発見の大きな喜びに浸っているのでしょう、なかなか戻ってきません。ついにはスタッフに方が瓦礫をどかしてアルを呼びに行きます。

「見つけたよ!」といわんばかりのアルの得意そうな顔!

もう捜索モード全開です。
騒音や鉈を振っている仮想救助者の刺激にも影響されず、次は中央に配置された建物の中へ。どちらかというと建物内にこもる臭気に対しては、被災者の場所を特定することが下手なアルです。しかし大会直前にペーターやゲラルドたちと建物を使って行った練習が、アルに良い経験として蓄積されていました。すこし待っていると明らかに被災者の場所を特定して自信を持って咆えている声が響きます。
「OK!」   2人目の発見です。
制限時間はまだまだあります。残りはあと1人。
まだ踏み込んでいない会場奥へ移動します。
アルは9歳とは思えないような足取りでピョンピョンと瓦礫の上を走っています。臭気を感じ取ったのでしょう。瓦礫の下にもぐり姿を消しました。・・・・暫くして・・、アルの地下で咆えている籠もった声が聞こえてきました。

「O~K~!」

ヨス氏は本当にホッとしたことでしょう。
観客から大きな拍手が沸きました。アルは制限時間を10分以上残し、仮想被災者3人すべて発見しました。
審査講評のまえにヨス氏は藤野を気遣い、腰掛けるように勧めてくれました。彼は最初に大会すべての捜索審査が無事終了したことと、主催者やスタッフの方々を労い感謝の言葉を述べます。そして藤野&アルの講評・・。

「今回の審査において指導手の操作性や技量を審査することは出来ませんでした。今回は犬に対しての点数のみです。しかしこの犬は大変意欲的にいろいろな刺激に惑わされることなく捜索を行い、3人を発見しました。これは十分に合格に値します。・・140点。」

チームメンバーや応援に来てくれていたオーストリアチームのメンバーはもちろん、大会関係者や観客、会場にいた皆がこのペアの合格を祈ってくれていたようでした。大きな歓声とともに会場全体が暖かい拍手につつまれました。